沈められた介護職員、家族、利用者

外の世界に出てみると、本当に光にあふれている。素晴らしいケアのイベント、新しい介護のあり方、劇的な回復事例等々

そんな事例の陰で、罪の意識にさいなまれながら、ギリギリの状態で介護を続けている人たちがいる。彼らの多くは陽の目をみることもなく、苦しみながら生きている。そう、同じ太陽と月の下で生きているのだ。

そういう人たちを忘れたくないと思うのだ。

本当に苦しんでいる人たちに寄り添うには、そこまでいかないとその姿は見えてこない。もしかしたら単に施しを与えて自己満足にひたっているだけかも知れない。

厳しい介護現場で戦っている仲間たちへ

24時間365日介護をし続ける現場から離れてほぼ一年が過ぎた。

でもその6年半のキャリアは今の介護を支えてくれている。というよりは関わったすべてのご利用者から得られたものが、私を支えていると言ってもいい。
給料も出ないかも知れない、休みも取れないかも知れない。でもあなたの前には助けを必要としているご利用者様がいる。その方に自分が何ができるのか。そして何ができたのか。何ができなかったのか?
つまるところそれだけだったりする。職場の評価も、同僚の視線も何も関係ない。それを強く持てるかどうかで、介護の仕事を続けられるかどうかが決まる。現場を離れた人間には何も関係ない。上司であろうが、管理職であろうが、同じことである。あなたのケアだけが、あなた自身と、あなたの前にいるご利用者様を支えているのだ。

あなたの誠意にも関わらず、罵詈雑言を浴びることもあるだろう。でもそれは恐怖から来る悲鳴だ。よく観察して自分と相手の安全確保をして落ち着かせればいい。最低限自分の身を守ること。何に恐怖を感じているのかがわかれば、対処の道筋が見えてくる。

そこを乗り越えれば、そのご利用者様との信頼関係を一歩進めることができる。これは同僚や上司でも同じだ。だって同じ人間だもの。

待遇や体力的な問題から、介護現場を離れる時というのは必ず来ます。どんなに信頼関係ができたご利用者様であっても、それは同じ。たった今行った何気ないケアが最後になることだってあります。そう思うといい加減なケアはできないのではないかと思う。

無茶苦茶な業務量を押し付けられ、安全確保、生命維持が精一杯という現場であっても、問われるのは自分自身のケアであり、それだけが自分を支えてくれるし、活路を開くきっかけになるんです。だから1つだけでもいい。誰も見てなくてもいい。えこひいきでもいい。そのご利用者様を笑顔にしてあげて下さい。すべてはそこから始まります。

すべてはあなたの手のなかにあります。楽しいケアをつかみとるのはあなた自身です。

介護職員の給与は猛烈な格差社会


私の最後の夜勤を見守ってくれたのはこの花束だけだった。
これは同僚が最後の夜勤の入りの時に送ってくれたもの。
そう「夜勤入り」の時に手渡されたものだった。
一般的な礼儀感覚ならおかしいと思うだろう。普通は退職者に贈り物をするのは勤務が終了したタイミングだ。これから最後の仕事をする人間に普通は渡さない。ましてや夜勤だ。普通なら、夜勤明けの時に渡すだろう。
最終勤務日はほとんど挨拶で終えるっていうのが、円満退職っていうんでしょう?まあ円満退職じゃなかったからしょうがないんだけど。

これから20時間近く過酷な勤務をすることがわかりきっている人間に対して、花束を送る。こんなトンチンカンな対応には正直苦笑せざるをえなかった。私にしてみれば入所施設の介護職としての最後の夜勤。こんなことでかき乱されるようじゃいけない。最後の夜勤はしっかりやっていこうと思い直した。花束はバケツに入れてロッカーで待機していただき、翌日昼食配膳までの過酷な夜勤に向かったのだった。
話を聴いてみると、花束を贈るケアマネが「夜勤明けにはいないから」だそうである。誰かいるんだから、花束渡すのを頼めばいいのに・・・。別に私は誰でもよかったよ。っていうか事務の人のほうが仲良かったし。男のケアマネから受け取るより、女性事務員さんのほうが嬉しかったのだが・・・。

花束はちゃんと持って帰り、枯れるまでずっと家にありました。花束には罪はないので、しっかり最後を見届けようと思いました。

最後の夜勤明けだったか、その一つ前だったかは覚えていないけれども他の同僚たちが、何やら玄関先で楽しげに集合写真をとっているのが見えた。あとで確認してみたら、職員募集のための写真だった。その背後で、苦しい夜勤をずっと続けていた私がいたのだった。今思えば、そ知らぬ顔をして写ってやりゃあよかったな。そのときはそんな元気はなかったが、いい写真になったのに。まあ写っていてもその写真は排除されただろうけど。
この光と影は、もはや喜劇としか言いようがない。私はこの有料老人ホームにおいて、事故を起こさない介護ロボットに過ぎなかったのではないだろうか?便利だから使い倒され、壊れたから排除された。ただそれだけの事だったのだろう。人間というのは組織にどっぷり浸かるといくらでも極悪非道で非人道的なことを笑顔でできるといういい例ではないだろうか。

やめた直接のきっかけは、申請した有給休暇を却下したことだった。いつ休めるかということでさえ提示しなかった。
「それはリーダーにいってください」だそうである。
頭にきたので、朝礼後すぐに施設長のSをつかまえ、声を荒らげてやめるといってやった。最後に「じゃあな!」といったらS施設長が
「それが上司に対する言葉遣いですか」といったので、
「あなたは上司のつもりか?ろくに仕事もしていないのに」
といってあげました。あとはくだらないので適当に相手したあと勤務に戻りました。その上司の事業部長にはすぐ連絡しました。するとS施設長もすぐに連絡したらしく、(そういうことだけ速い)事情は理解していました。事業部長はきちんとした方で、こちらの言い分も聞いて下さり、
「私としては有給取れるかどうかはどうでもいいです。リーダーの組むシフトに従います。退職日は変わりません。」といった。
現場のリーダーは結局私抜きでシフトを組んで下さり、有給消化する形で退職することができた。正直どっちでも良かったっちゃあ良かったんだけど。

正直今も頑張っている人間には申し訳ないと思う気持ちもある。でも、それじゃあダメとも思う。そのために、今一度振り返ってみようと思うのだ。このまま流されていいことでもない。

去年の今ごろ、大企業介護職正社員として、果てしない消耗戦に引きずり込まれ、肉体も精神も無茶苦茶であり、奴隷に等しい待遇だった。本当に人権無視だった。

それでも多くの介護職員看護職員は、みずからの良心にしたがって、ぎりぎりのところで利用者の命を守っていた。守りきれなかった命もある。でも高齢を理由に見なかったことにしてた。訴訟になれば責任をとわれたかもしれない。そんな事例もあった

ではなぜこんなことが起きてしまったのだろうか?

この有料老人ホームの施設長にご登場頂こう。彼の名前はSという。私が中途採用で入ったのだけれど、なぜか私を採用した施設長は退職し、施設長はケアマネだったSが施設長となった。最初のうちは、急な起用ということで同情が集まったのであるが、たちまち能力不足と努力不足が露呈し、施設の統制は無茶苦茶になった。

この有料老人ホームは定員100名、24時間看護師常駐を売りにするホームであったが、入居率は80%程度。常に空室が生じている状況だった。

時々、入居があって一旦数字が盛り返すものの、退去される方が多く、しょっちゅう営業が来ていたが、なかなか定着することがなかった。死亡される方も多かった。

このような状況下において、S施設長は何かがおかしかった。まず一番おかしいと思うのは、ご利用者様が入居された時に一度も挨拶に来たことを見たことがない。これだけは正直許せなかった。入所施設においては本当に人生において最後の重大な決断をして入ってくる場合がほとんどである。その大事な日に、一度も挨拶に来ない施設長って一体なんなのだろうと思った。いくら100人定員の有料老人ホームとはいえ、入居はそうしょっちゅうあることじゃない。一ヶ月に数件あるぐらいだろうと思う。それでもかなり多いほうだ。なのにスケジュールを合わせてほんの30分でも挨拶に来れないのはその気がないとしか思えなかった。

一週間ハワイ旅行に出かけてしまったが、それでも施設の運営には何ら支障がなかったことを考えると、この施設長は名目上のものでいてもいなくても変わりがないのでクビにしたほうが良かったと思う。給料がもったいない。はっきりいって問題が山積みであり、施設の存続自体あやうく その自覚は全くなかった。

自分の言うことを聞く人間だけ、人事評価を上げて優遇し(でもこき使われているので大変そうだった)自分の言うことを聞かない人間(私のような人間)は徹底的に無視し、なかったことにする。そしてひたすらに減給をすることで収益を上げていく。

夜勤で休憩を取ることはできなかったが、それは個人の素質の問題らしい。他の事業所でもそう言われるらしいから、会社の公式の回答みたいだ。休憩が取れないのはその人の能力が劣っているからということらしい。他のフロアを補いながら、休憩を取るのが普通なのだけれど、いきなり研修もなしに、ぶっつけ本番で他のフロアに入るのは危険極まりないと思ったので、心の中で手をあわせて、なんとか自分のフロアを守るのが精一杯だったのに・・・。

こういう状況下では結局自分が、高齢者に対して何ができたのかが問われると思う。会社の評価なんてどうでもいい。そもそもまったく見ていないのだから評価なんかしようがない。
S施設長は管理職として基本的なスキルがそもそも欠如していたにもかかわらず、その地位にある。というのが最大の問題点でありましょう。適任者がいないのなら、施設そのものを解体してもいいと思う。コストがかさむ一方なのだから。

追記:8月1日を持って施設長は交代した模様。これで矛を収めるとしましょうか。もう無関係だし。とはいってもブツブツ文句言ってるかもしれないけど。まともなケアマネが戻ってきたようだし、少しはマシになるかな。大変だとは思うけど。



時給1000円介護施設職員の憂鬱

分かりやすく、介護職員の時給を1000円としてみる。夜勤が長引いて、24時間勤務になったとする。往々にしてよくあることである。そうすると、一勤務あたり2万4000円となる。そんなキチガイ勤務は一ヶ月に10回が精一杯なので、人件費は24万円用意する。それ以上増えることがないお得な定額パックだ。これで後は好きな金額で労働基準法にあうように計算すればいい。そもそも労働時間と休憩時間の定義すら曖昧なので、いくらでも額面の操作は可能だ。残業代を支払ったことにすればよい。勤務評定下げて、時間あたりの単価を下げれば、どんなに働いても24万円に収まるだろう。残業が多いのは生産性が低いからだといい放てばいい。
一ヶ月あたりの労働時間は240時間だから、法廷労働時間の176時間を引けば、残業は66時間。過労死ラインを下回るので、合法である。書面上、残業代が支払われていれば、誰も気づかないし、労働基準監督署も動きようがない。
実際上はここまで働けるタフな人間はほとんどいないから、もっと人件費は削ることができる。これがなんと管理監督者のインセンティブとして働く。介護職員を安く、奴隷のように働かせることのできる人間がドンドン給料が上がり、有給休暇をとって海外旅行へ行ける訳なのだ。
こんな介護施設では、利用者を減らさないためになるべく定員一杯まで詰め込み、ただ生かすだけになる。そんなものはケアとは呼べない。

処遇改善交付金があっても、介護報酬は減ったので、結局のところ介護職員の手取り給与は増えなかった。かえって減った例すらある。余計な書類仕事が増えて職務が停滞し、事務員の仕事が増えただけに終わった。
処遇改善交付金を誰に分配は各事業者に委ねられているから、いうことを聞くイエスマンに分配し、後のどうでもいい介護職員の給料は下げられる。
キャリアパス要件があるじゃないか?といわれるかもしれない。大抵の場合研修に参加することで、キャリアパス要件を満たすという仕組みになっているのだが、ほとんどの介護職員は現場が人手不足なので研修には参加できず、能力以前に昇給の機会がない。
つまりは出来レースであり、管理者が可愛がっているイエスマンだけ見せかけの研修を受けて昇給する。そういう人間だけが現場を踏み台にして出世して高い給料をもらっていく。

時給1000円の介護職員には昇給はない。減給と自己都合によるクビがあるだけなのだ。



やはり、1500のインプレッサスポーツワゴンな気がする。

Goo-netのカタログはこんな感じ。2006年インプレッサスポーツワゴン

さて、スペックを眺めて見ることにしましょう。

1)ボディタイプ ワゴン
ドア数 5ドア
乗員定員 5名
型式 LA-GG2
全長×全幅×全高 4455×1695×1465mm
ホイールベース 2525mm
トレッド前/後 1460/1450mm
室内長×室内幅×室内高 1845×1380×1200mm
車両重量 1200kg(4WDは1260kg)

少し重たい感じはしますが、室内はさすがワゴンというだけあって広いです。横に倒せばなんとかママチャリだけは乗るかもしれないっていう広さですね。車重を削りたければ、FFを選ぶことになりそうです。でも私はスバルの4WDに乗ってみたいなあと思うのであります。

エンジン・燃料系
エンジン型式 EJ15
最高出力 100ps(74kW)/5200rpm
最大トルク 14.5kg・m(142N・m)/4000rpm
種類 水平対向4気筒SOHC16バルブ
総排気量 1493cc
内径×行程 85.0mm×65.8mm
圧縮比 10.0
過給機 なし
燃料供給装置 EGI(電子制御燃料噴射装置:マルチポイント・インジェクション)
燃料タンク容量 50リットル
使用燃料 無鉛レギュラーガソリン
環境仕様
10モード/10・15モード燃費 16.6km/リットル

おおう、水平対抗ということもあってSOHCなんですね。のどかに回ってくれそうです。馬力は少し少なめではあるようですが、穏やかに乗れば燃費は期待できそうな感じです。

足回り系
ステアリング形式 パワーアシスト付きラック&ピニオン
サスペンション形式(前) ストラット式独立懸架
サスペンション形式(後) ストラット式独立懸架
ブレーキ形式(前) ベンチレーテッドディスク
ブレーキ形式(後) ドラム(リーディングトレーディング)
タイヤサイズ(前) 175/70R14
タイヤサイズ(後) 175/70R14
最小回転半径 5.1m

タイヤサイズがお得な175/70R14です。こういうの結構維持費に響いてくるんですよね。後ろのドラムも良い感じです。

駆動系
駆動方式 FF
トランスミッション 5MT
LSD —-
変速比 第1速 3.454
第2速 2.062
第3速 1.448
第4速 1.088
第5速 0.825
後退 3.333
最終減速比 3.900

U14に比べて若干ローギアードな感じがしますが、よく回るエンジンなのでしょう。きっと。

お目当てやはりベヘドオートは安いのが揃ってます。中身はどうなんだろうか?
スバル インプレッサスポーツワゴン 15i-S

Googleアドセンスは沈黙してしまった模様。多分、私のサイトまで処理能力が及ばないのでしょう。しょっちゅうプログラムの更新がかかるせいで、不安定なんだと思われる。やっぱり当てにならないなぁ。



Googleアドセンスでは収入は得られない。

決断してWordpressつくり、いろいろやってみましたが2017年5月25日現在においてGoogleアドセンスからの収入はゼロです。ネットビジネスと言われているものはいかにいい加減なものであるのかがよくわかります。考えてみればこれはとても簡単なことでありまして、検索は人間がするもので、Webサイトを見るのも人間です。なので検索数に依存した収入は結局人間の数で決まってしまうという事なのです。そのなかでもインターネット上で買い物がなされなければ、売上がカウントされるわけではないので、アクセス数稼ぎはほとんど無意味であるといってもいいでしょう。
収入が得られている人がいることは確かなのでしょう。でもそれは検索という有限の資源をかき集めているだけのことに過ぎず、検索ルートが変わればすぐに消失してしまいます。とてもリスクの高いものであるといえるでしょう。
Googleアドセンスというのは結局、店の前においてあるカーペットみたいなものであるといえるでしょう。みんな店に入る前に踏むもの。
【何してるの?】コンビニの入り口の前で待機するネコ(画像9枚)
とまあこんな感じで、餌をもらえるのを待っている猫だったのですね。でも私の店はお客はろくに来ることもないので植えていたわけで(笑)
収入が得られるほどやるには、Webアクセスを世界中から集めて行かないとダメでしょうねぇ。



車のナンバープレートの見分け方

町中で走る車のナンバー、どんな意味あるかご存知でしょうか?軽自動車と普通自動車のナンバーの色が違うぐらいのことは皆様ご存知かと思うのですが、よく見るとかなりの情報が含まれています。それがわかると、その車がどんな経歴なのかだいたい判断が着くようになります。なかなか面白いです。

1)地名は陸運局を表している。ご当地ナンバー
ナンバーの上にある多摩とか、所沢とか、足立とかは、その地域を統括している陸運局になります。ご当地ナンバーといって、そのなかから、杉並とか世田谷とか変わったナンバーもありますが、法律上はあくまでそこに含まれる練馬陸運局のナンバーとなるようです。ご当地ナンバーは増加傾向にあり、富士山ナンバーとか、湘南ナンバーとか、川越ナンバーなんかもあります。

2)2桁ナンバーってなに?
それ以前は59とかの二桁だったのですが、大まかに1998年から1999年以後は日本じゅうで3桁化されていますので、二桁ナンバーの車はそれ以前からナンバーが変わっていない車であるという事ができます。二桁ナンバーの車はかなりのベテラン車ということができるわけです。

3)希望ナンバー
希望ナンバーは5ナンバーの場合530から始まっているようです。この数字がやたら進んでいる場合は人気の番号という事になります。11-22(いい夫婦)とか、88-88とかのゾロ目ナンバーなんかはなくなるのが早いようです。希望ナンバーがなかった頃には陸運局とコネのあるカーディラーなんかが、うまい事情報をとって、お客様の希望するナンバーを引っ張ってくることが、営業の腕の見せ所だったとか・・・。今では信じられない話です。

4)数字の違いはなんですか?
分類番号といいます。0ナンバーは建設用機械 1ナンバーはトラック、2ナンバーはバス、3ナンバーは2000cc以上で一定のサイズ以上の普通自動車 4ナンバーは小型貨物自動車、5ナンバーは2000cc以下の小型自動車 8ナンバーは改造車になります。9ナンバーは大型特殊車両になります。
6と7は今は番号が割り当てられていません。1998年以前の2桁ナンバー時代には、4ナンバーの小型貨物自動車と、5ナンバーの小型自動車のナンバーが足りなくなったために、6を小型貨物自動車に割り当て、7を小型自動車に割り当てた時代があります。つまり、4ナンバーと6ナンバーは同じであり、5ナンバーと7ナンバーは同じという事になります。更に遡ると軽自動車のナンバーも黄色ではなく6ナンバーだった時代もあります。7ナンバーは時々見かけますね。
今後はもしかすると自動運転車とかそういったものに、7ナンバーが割り当てられるかもしれないなあと私は考えています。
時々、明らかに5ナンバーの車が4ナンバーになっていることがありますが、これは違法ではありません。後ろの座席を取っ払い、貨物自動車として登録することで若干税金が安くなること狙ったものです。3ナンバーのベンツでこれをやると1ナンバーになります。今ではこのやり方はあまり推奨されないようですが・・・。

5)ひらがなに意味はあるの?
白いナンバーは
白地緑字(自家用) : さ・す・せ・そ・た・ち・つ・て・と・な・に・ぬ・ね・の・は・ひ・ふ・ほ・ま・み・む・め・も・や・ゆ・ら・り・る・ろ (29文字)
緑の事業用ナンバーは
緑地白字(事業用) : あ・い・う・え・か・き・く・け・こ・を(10文字)
レンタカー用 れ・わ(2文字)
が割り当てられています。他にも在日米軍や外交官ナンバーや皇室専用の特殊なナンバーが存在します。
ちなみに「お・し・へ・ん」は使われていません。
「お」は誤読を避けるため「を」とされており、「し」は死を連想させるため、「へ」は屁みたいだから、「ん」は発音がしづらいために避けられているようです。なので、50音のうち、41文字が使用されることになります。

6)番号は何通りぐらいあるの?
単純に考えると、1番から9999番まで9999通りあるようですが、「96-41」(苦しい)とかタブーとされる番号が200通りほどあるようで、9799通りぐらいになるようです。それにひらがなの41文字をかけると、大体一つの分類番号(例えば最初の多摩500とか)で考えてみると、9799×41文字=40万1759通りとなります。この番号を一つの陸運局が何年で消費するのか?ということが、その車の年代推定のカギになります。身近な多摩ナンバーは、多摩504の発行が2016年頃から始まっているので、多摩503は発行し尽くしたといっていいでしょう。地元の自動車業者は感覚的にこれを知っているはずです。希望ナンバーの場合は530から始まっているようですので、この推定方法は使えません。

まとめ
いかがでしたでしょうか?身近な車のナンバーがいろんな意味を持っていて、ある程度の年代推定が可能であるということなのです。特にご当地ナンバーなんかは見るのが楽しいです。希望ナンバーには、その車の所有者の想いが込められていますよ。道行く車のナンバーを、のんびり見てみるのも面白いのではないかと思います。



無法者の長い夜。

夜勤って長くて大変ですね。と言われることがよくあるんですが、感覚的には「時間が足りない」と思うことのほうが多かったです。なぜかというとやることがいっぱいあるからです。
まあ大体夜勤の流れというのはこんな感じです。
15:30〜16:00 日勤からの申し送り
16:00〜17:00 見回り、夕食の準備 夕刊なんかを持ってきて配る。この時に大体の様子を見ておくとスムーズ。
17:00〜19:00 夕食誘導、介助、服薬、口腔ケア 臥床介助
19:00〜21:00 眠前薬、一回目の巡視 場合によっては少し休憩できるときもある
21:00〜23:00 コール対応 排泄介助一回目
23:00〜01:00 種々の作業を行う(洗濯とか翌日の準備とか湯冷ましなんかも作っておくといい)
01:00〜03:00 一番静かな時間ではあるが、疲れも出てくる時間。記録なんかはこの時間でまとめておかないと間に合わない
03:00〜05:00 コール対応 排泄介助二回目 ここが最終防衛ライン。ここで大体夜勤の出来不出来が決まってしまう。
05:00〜07:00 嵐の起床介助。コール対応しつつ全員を起こしていく。
07:00〜09:00 早番到着。朝食介助をしてほぼ終了が見えてくる
09:00〜10:00 まあ見守りぐらいならしててもいいけどさ・・・。意識は朦朧としています。
一見余裕が見えるかもしれませんが、常にコール対応があるので、それに対しての構えを忘れることはできません。落っことしたら夜勤者の責任です。意外と危ないのがリーダークラスの夜勤。他に仕事を抱えていて、夜勤中にやろうとしてフロアを離れていることが多く、また誤魔化能力にも長けているので、一見発覚しませんが、後でえらいことになっていることもあります。私は意地でもフロアを離れることはしませんでした。
一番いやだったのは、残業だかなんだか知らないけどバカ大声を上げて事務所で盛り上がっている人たち。私は施設長だろうがなんだろうがそういう人がいたら注意しました。だってご利用者様が数メートル先で寝ようとしているのに馬鹿騒ぎで起こされてはたまらないからです。仕事が終わった解放感で盛り上がるのはよそでやってくれと言いたかったです。夜勤者はここからが本番なんだから・・・。それと同様に、夜勤明けに仕事を申し付ける人がまあ多いこと多いこと。二日酔い同然で意識が朦朧としてるんだから何言われてんだかわからん状態なのよ?そういう人達に日勤帯の業務を手伝わせるのはいい加減にしろと言いたくなりましたね。
夜勤明け残業がなければ回らない現場はどうにかして欲しいです。夜勤者は大抵の場合、全てのケアができる人が多いから、頼りにされるんでしょうけれど・・・。そんな延長戦は勘弁して欲しい・・・。なんてことをつい8ヶ月前までやってたんですなぁ。前日から延長戦が決まっていると、夜勤はとてもしんどくなります。朝までがんばろうってのが昼までになるわけで・・・。
こういう事態はほとんど明るみに出ません。わかっていて黙っているのはもっと悪質だと思います。夜勤なしとかいう求人を見ているともっとゲンナリします。そんな人しか来ないんでいつまでも夜勤がキツイんです。16時間の夜勤は楽ではないですけれど、きちんと体制が整っていれば、別にそれ自体が劣悪なわけではありません。昼夜逆転が放置され続けているとか、1時間に1回呼び続けることが日課になっている人とか、そういうことが何ら対策をされず放置されていることが問題なんです。最低限びしっと時間に終わっていれば、まあ何とかなるのですが。
現行の労働法にも問題があります。変形労働時間制においては一ヶ月176時間となっていればよく、その気になれば月12回の夜勤を定義することができます。一回の夜勤を14時間半とし、12回。1時間半をごまかしてしまえば万事解決という鬼のようなシフトを組んでも合法なのです。ああ、休憩時間をとったことにして実質的な拘束時間を増やす手だってありましたね。それで18時間拘束なんてザラです。場合によっては20時間拘束ぐらいになってたんじゃなかったじゃないでしょうか。
私は夜勤9回をやったことがあります。入、明、入、明、休、早、入、明、みたいなシフトになってとてもきつかったです。
まさに介護施設の夜は無法地帯なんです。毎日日本中の夜にこれが繰り返されていることをもっと知ってほしいと思います。



コール頻回の夜明け

高齢者介護をやっていると、訴えの多い方というのに遭遇することはよくある。Fさんもそんな一人だった。しょっちゅうしょっちゅうコールが鳴り、「痛い、布団を直して欲しい、トイレにいきたい」などなど大変だった覚えがある。でも私は好きだった。コール頻回にはいろんな原因があるが、やはり身体の不自由さから出てくるものがほとんどであろうと思う。
私はFさんが好きだったので、コール頻回でも、まあいつも同じように対応していた。なので
「あなたはいつも対応が変わらないねぇ」などとお褒めに預かることもあった。
とても頭は冴えておられる方で、いろんな話をしてくれた。写真が好きだったようで、お部屋にはたくさんの写真があり、出かけた先の話で花が咲いていた。
ある日夜勤を終えて、引き継ぎを終え、残りの記録を書いていた時だった。
その時、Fさんのコールが鳴った。行きたい気持ちもあったが、正直夜勤で疲れていたので、日勤に任せようと思った。しばらくコールがなって止まったので私は対応したのだと思い記録を書き続けていた。
・・・・でも、誰も行っていなかったのである・・・・。
状況としてはトイレから車椅子に乗り移ろうとして、ずり落ちていた。とりあえずトイレに座らせて、終わったあとにFさんがコールを鳴らした時にぶち切りして誰も行かなかったのであろう。
「これじゃあ、死んでても誰も気づかないんだね」
この言葉がとても私は辛かった・・・。その状況自体想像できていたのだから。自分がしっかりやっていたつもりなんて自信は消し飛んだ。夜勤が終わったことなどどうでもよくて自分がいって対応すればよかった。その時はそう思った。正直悔しかった。(夜勤明けが行かなければならなかったという事自体チームケアが崩壊してるが)
この日から、本気でケアに取り組むことにした。できる限りのことをやる。そこから約1年ぐらいだっただろうか。Fさんは息を引き取った。最後にやったケアはパット交換だったことを覚えている。なんかわからないけど、そうした。それが私にとっての別れの挨拶であったのかもしれない。
たしか私の夜勤入りの日の午前10時ごろだったと思う。私がいつものように夜勤で入ってくると、同僚から
「Fさん亡くなったよ」と伝えてもらった。あの時コール対応できなかったことを許してくれただろうか?

なかなか排泄がうまく行かなくて「また、(お腹に)だまされた」とかいってたっけかなぁ。
いつも一生懸命車椅子動かしてたっけ。寒がりで、布団はいつもモコモコになっていて、かける順番があるんだよね。
足さすったり、湯たんぽ入れたりしてたなぁ。少しは立てたけど、一生懸命手すりつかまってた。
お風呂は好きだったね。食パンは牛乳とコーヒーを混ぜて食べてた。あのセットを作るのが、キッチン担当の仕事。
歌を唄うのも好きだった。よく一生懸命歌詞カードめくってましたっけか。
夜間巡視に行くと、気配を察するのがうまくて、一回りして一番遠い場所辺りで呼ばれるのが定番だったなぁ。

Fさんのケアは、その後の私のケアの中核をなしていることは間違いない。



お風呂が焚けてない!!

新人介護職員だった私がやらかした思い出。このことを知っている人はあんまりいないと思うけれど。ショートスティの早番を始めたばかりのころ。私はミスをやらかしました。当時のショートスティはデイサービスとショートスティでお風呂を共有しておりまして、午前中はデイが入浴、午後はショートの入浴と決まっておりました。そこでショートスティの早番が、朝来たらお風呂のお湯を温めておくというルールになってましたが、スカタンだった私はそれをすっかり失念し、早番の作業に取り組んでおりました。
朝食介助も終わりほっと一息ついた8時半ごろでしたか・・・。デイの方から悲鳴が
「お風呂がたけていない!!、どーすんだ!!」
入浴予定はデイとショートあわせると30人ぐらいいたと思う。ショートはともかく、デイはその日のうちに入浴しなくてはいけない・・・・。とまあ大騒ぎに・・・・。
その当時の施設長以下全員パニックに・・・。あういう時ってわけがわからなくなりますね。何やらキッチンでお湯を沸かしてバケツリレーとかやってました。水の量が多いですから、おそらくは一回水を抜いて、沸かしながら入れたんではないかと思うのですが、デイの皆さまには本当にご迷惑をお掛けしました。
その騒ぎがはじまった時、途中で「あ、私だ」と思いましたが、その時は言えませんでした。
しかし、全てが終わってみんなが
「あーあ大変だった」とまあ多少和んだ時に
「実は・・・申し訳ありませんでした!!」と最敬礼して謝った時
みんな笑い泣きしておりました。あの時のなんとも言えないオチのような雰囲気は今でも時々思い出すことがあります。
でもまあ何とかしてみんなでご利用者様をお風呂に入れようとしていたということだったんだろうと思います。
当時の施設長は結構気性の激しい人だったんですが
「あんたは優しいからなあ、スィッチをひねるのがちょっと甘かったんや」というフォローで何事もなく納めてくださいました。
あの時の施設長以下ご迷惑をお掛けした皆さま、本当に申し訳ありませんでした。
教訓「スィッチの入れ忘れには気をつけましょう」
それ以来、私はお風呂のスィッチを入れるときにはわざわざ浴場までいって動いているのを確認するようになりましたとさ。