オートマでもギアチェンジできる。

オートマのみしか運転しない人でも気付きがあれば、結構マニュアル車のギアチェンジを意識した運転をすることができる。それによって運転が楽しくなり、マニュアル車も乗れるようになる。私は自宅では5速MT、会社ではCVTに乗っているが、運転感覚にそんなに大きな違いはない。やり方は違っても、ギア比を変えていることは同じだからだ。
シフトダウンは至って簡単。一定速度で走っている時に、思いっきりアクセルを踏みつけるだけ。これでキックダウンといって、ギア比がかわる。加速のため低速ギアにかわるのだ。
シフトアップは一定の速度に達したら、アクセルを離す。するとシフトアップする。加速状態から巡航状態に変わるからだ。アクセルを踏みっぱなしにしていると、低速ギアのままになっていて、甚だ燃費が悪くなるし、うるさい。どうもこれを勘違いしている人が多いようだ。ドライバーは停止のためアクセルを離したのに、車は高速ギアにチェンジし、ブレーキが間に合わない。なんてことがよく見受けられる。停止線越えて止まっている車はそうなんだろうなあと思う。車は加速が終わって、一定速度で走る状態になっているのに、ドライバーは止まれという。これじゃあギクシャクするわけである。
アクセルを踏む量はギアによって異なるということなのだ。発進直後が多めに踏み、スピードが上がるに連れて、踏む量を減らしていけば、自然とシフトアップしていく。みんなマニュアル車だったころはこれが当たり前なので、オートマはそれを機械に模倣させたに過ぎない。
乱暴な運転のほとんどは、正しい運転操作を行っていないからだと思う。
アクセルは時々離してもいいものなのである。アクセルを離した状態の転がり具合で、ブレーキのかけ方を感覚的に測っている。ノーブレーキで止まれる距離を大体考えて、それにブレーキをプラスする。目標の位置にピシャッと止めるにはそうするのが一番だ。まぁ目測なんで外れることもあるけれど。早めにブレーキをかけてスピードを落とし、惰性で転がるというのが私のやり方。



keishiの虚業

今日も2100過ぎにメールが飛んできた。私に対する時間は2100と決めているようだ。タイマーをかけたメールかも知れない。
APC第9講だそうである。
keishiのミニ四駆
以前こちらで書いた文章に関しては一切反応なし。ただキーワード選定を行ってどんどんBlogを更新しなさいという文章が出てくるのみであった。
keishi氏はいつも、自分の言いたいことをいうだけであり、こちらからのメッセージに関しては一切、返答も受け答えもしないという対応に終始するようだ。
普通に考えるとこちらの発したメッセージを無視したと取られてもおかしくない言動だ。これではコミュニケーションが成り立たないと思うのだが、彼にしてみればこれが誠意がある対応ということらしい。
理解できないってことが嫌なんだろうか?でもそれもひとつの回答であるから、どのように理解できなかったのか知りたいと返信しておいた。
結構丁寧にエンジンとミッションとタイヤについて説明したんだけどなあ。わからなければわからないでも良かったし、それもひとつの回答だろうと思う。
想定外のことに関しては一切無視をするという・・・。
典型的な受験秀才なんだろうか?ビジネスってそれじゃあ成り立たないと思うのだけれど。
彼が成功を収めていることは確かなんでしょう。
ザ・タワーグランディア
こんな月額30万円の物件に事務所を構えているぐらいですからね。
でも周りが見えていない感じがすごくします。確かに自分は成功しているかも知れない。そのやり方は万人にできるわけではない。成功している人間だけ切り取れば、たしかにそう思い込むことはできるだろうと思う。世の中には勝者と敗者がある。敗者を食って勝者は生きている。だから勝者にとって敗者は必要なものでもあるのだ。
私にしてみると、keishi氏のビジネスモデルは砂上の楼閣に見えます。コンサルティングの単価を高めるのはいいのですが、その行為自体、単価の高い顧客に対する依存度を高める結果になります。それがなんとなく見えるんですね。お金がいくら集まっても、まだ虚業の段階じゃないでしょうか?
PVを稼ぐことってことは確かにいいことでしょう。でもPVが多いだけのページってなんなのか?という疑念も同時にいだきます。肝心なのは購買行動にうつるかどうかであって、PVそのものに意味がない。と考えることもできます。Webサイトはコミュニケーションのツールであるに過ぎないということです。その分岐点にそろそろ差し掛かっているのかも知れないなと思います。
Blogタイトルにどういう言葉を選ぶのか?というのは作者のセンスじゃないでしょうか?SEO対策にしてもGoogle側で裏をかいてくることは十分に考えられるし、そうすると思います。そのやり方にGoogleからのメッセージがあると思う。自分なりに表現したいもの、記録したいものをBlogにアップすることが、知の集積につながるんじゃないだろうか?
結構このKeishiシリーズ、Google先生には好評みたいですぞ。keishiで検索すると結構上位にあがってくるし。それだけオリジナリティのある文章ってことでしょうね。



マニュアル車なサイトたち

インターネットはリンクが命ってことで、いくつかサイトを紹介してみたいと思います。SEO的にはいろいろあるんでしょうが、自分なりにやってみようかなぁ。

シフトアップクラブ。
http://t-kazu-t.hatenablog.com/entry/2016/11/07/022854
このサイト、なかなかに楽しそうです。ドライビングポジションが、運転に影響を及ぼすっていうのは確かで、運転下手なのはドライビングポジションから来ていると思います。他にもいろいろと有意な情報がたくさんありますね。
なんだか運転したくなって来ました。アクセルオフをうまく利用することものってるし。

MT車(マニュアル車)運転歴23年の私が「思うこと」を書いてみた
http://t-kazu-t.hatenablog.com/entry/2016/11/07/022854
この人の意見はなかなか頷けるものだ。両手両足使って運転するほうが、楽しいものね。クラッチの操作が面倒ってのは歩くのが面倒ですって言ってるようなもんだと思う。

クルマ離れ…TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム
http://gazoo.com/car/pickup/Pages/andou_160126.aspx
車運転している人のほとんどが、こんな認識なんだろうか?何というか機械をいじりリ倒して楽しむっていうことをみんなしなくなってしまったのかなぁ?ちょっとした気づきで、オートマでも楽しく乗れたりはするんだけどね。

少し掘り下げて考えてみると、身体的感覚の欠如が機械に対する過剰な信頼というものを生んでいるんじゃないかと思う。概念的に言うと自分の身体を使っていないということ。機械というのは人間の体の延長線上にあるもの。それなのに最近の人は脳髄が直接出ているような感じがして、身体的感覚がない。これこそ由々しき事態であると私は思うのだ。これが私が持っている違和感の一つなのかもしれないな。マニュアル車は体の感覚を使わないと動かない操作体系である。そこに私の言いたいことがある。

二・二六事件と東京マラソン

SEO対策っぽい記事(笑)
東京都は地方議員の一部が造反を始め、小池新党の動きがあります。東京マラソンの号砲を小池知事が打った日が2月26日だったというのが、何やら暗示のような気がしてなりません。小池知事と仲間たちはあたかも二・二六事件の青年将校のようでもあります。はてさて、これからどんなクーデターをやってくれるのか?ちょっと東京都民としては楽しみであります。
今日の天気はマラソンには丁度いい天気ではないでしょうか?
二・二六事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6
この事件は昭和史の重大事件であり、太平洋戦争に大きな影響があります。派遣軍の司令官のうち山下奏文はこのあと日本から飛ばされて、戻ってくることができませんでした。人望が厚く、勇猛果敢な将軍である山下を海外へ飛ばしたんです。いっそのこと独立国作ってくれればよかったのになどと思ってしまいます。そうしたら案外、緩衝国になって太平洋戦争をやらずに澄んだかもしれません。山下将軍がフィリピンルソン島の刑場の露ときえた原因も二・二六事件にあったといってもいいでしょう。
この日、海軍はやる気満々で、戦艦の主砲は国会議事堂に狙いを定めていました。陸軍が投降しない場合、戦艦長門の主砲で吹き飛ばされていた可能性があったのです。数分で火の海になったでしょうね。
同じネタをやった方がいました。やはり考えることは同じかぁ・・・。
二二六事件と東京マラソン
http://blog.goo.ne.jp/kazahana1933/e/8fc5462df5dfbe928da5d619ccbfe383

Keishiのミニ四駆

SEOやったら、Keishi氏で引っかかった(笑)
というわけで、APCを受講中ではあります。昨日はちょっと以前のAPCを見なおしてみて、WordPressの設定を見なおしてみました。パーマリンクは英文字が良い、とのことだったのですが、私は数字にしました。その都度パーマリンクを設定するのが面倒だし、ミスをやらかしそう。英単語までひねるとなるとまた結構面倒だし、自動化という意味ではどうよ?と思って数字タイプにしました。
あまりBlogの執筆が進まないことを気にされたようで、私にメールが飛んできました。私がキーワード選定に悩んで、たくさんブログがかけない人、というふうに判断されておられるようです。なので、エンジンとトランスミッションとタイヤの関係について地道に書いて送ってみました。その後反応はないようです。まあKeishi氏の活動時間(私相手のもの)がだいたいわかってきたので、その時間ぐらいまではまってみようかとは思いますが、あまり反応は期待しないでおきます。イライラするだけですし。(反応すること自体がWebコンサルティングになってしまうので、あえてスルーしていると思われる)
ネットビジネスって、案外農耕に近いのかもしれないなぁと思い始めました。畑を耕して収穫を得る。そんなイメージです。Googleアドセンスももう一回申請しなおして反応を見ています。以外にも地道な粘り強さが必要なんじゃないかなぁと思います。
私はこう、あまり派手派手しいBlogは書かないようにしようかなと思っています。みんな派手なBlogで脳が疲れているんじゃないかと思っているからです。赤は目立ちますがつかれるんです。派手派手しい、毒々しいブログばかりだから、あえてシンプルな奴がいいんじゃないかと思っています。画像も映像も、案外いらないんじゃないか?最低限のものでいいと思っています。なぜかというと文字それ自体が、映像であるからです。
検索急上昇ワード的なものも取り入れたほうがいいのかなぁ。検索エンジンでワードを引っ掛けてみて、自分のBlogがでてくるようにする。というのがとりあえずの目標かなぁ。そのワードがKeishi氏だったのは皮肉と言わざるを得ませんけどね。
そもそも世間のことに疎いために、流行に乗るっていうのが苦手なんだよなぁ・・。
私はとてもコミュニケーションが取りづらく感じてはいます。わずかでもこちらの言いたいことを理解して、何でもいいから反応してくれればいいのですが、あくまでも自分のコンサルティングの範囲内から出てこようとしないので、何も言えなくなるんだとは思います。私は今までいろんな方とネット上だけの付き合いっていう人もいますけれど、どんな方でも一応反応はしてくれていました。その反応が見えないあたりに「?」がありますけどね。Keishi氏シリーズはあくまで私見を述べていきます。ご判断は読む人たちに任せることにします。

ああ、折角だからKeishi氏に送った文章も上げておきますね。彼はこの文章をどのように理解したのでしょうか?
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エンジンとトランスミッションとタイヤと
自動車には必ずトランスミッションというものがついています。ついていないものはミニ四駆になります。
自動車
エンジン→トランスミッション→タイヤ こちらのヤフー知恵袋がいい回答してますね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11112620756?__ysp=44Ko44Oz44K444Oz44Go44K%2F44Kk44Ok44Gu6Zai5L%2BC

ミニ四駆
http://blog.livedoor.jp/zot666/archives/50290487.html
モーターに直接タイヤがついているだけ。
なので、ミニ四駆はスィッチを入れたとたんモーターと同時タイヤが回り始め、電池が切れるかスィッチが切られるまで走り続けます。ミニ四駆単体では直進しか出来ません。なので方向を変えるには、外側から押してあげないといけないのです。コースにぶつかりながら出ないとミニ四駆は方向を変えることができないのです。モーターを変えて出力をアップすると、コースアウトしてしまいます。ミニ四駆とはそれ自体制御の仕組みを持っていないということになります。

自動車の場合
自動車は違います。もしもミニ四駆と同じようにタイヤとエンジンが直結していたら、エンジンをかけた途端走り出します。そうなっては事故が起きるだけなので、車のエンジンはトランスミッションによってタイヤから切り離された状態でないと、車のエンジンがかからない仕組みになっています。マニュアルミッション車の場合はギアを入れた状態でエンジンをかけるとエンストしますし、オートマの場合はPレンジ以外ではそもそもエンジンがかかりません。
なので、車のエンジンをかけたばかりの状態(アイドリングといいます)ではタイヤとエンジンの回転は切り離された状態となっています。それを体感して見たければ、Pレンジに入った状態で、ゆっくりアクセルを吹かしてみるとわかります。エンジンは回っていますが、車は前に進まないですね。この状態をニュートラルといいます。

Dレンジに入れると車は走り出しますが、エンジンの回転が、トランスミッションを通じてタイヤを回しているからです。エンジンの回転数とタイヤが何回回るのか?という比率がギア比になります。このギア比を変化させることによって、スピードとパワーを調整することができます。そのためにトランスミッションというものが自動車には必要になります。

車が走りだしたばかりの時にはとても大きな力が必要になります。最低でも1トン以上の重さがあるものを動かさなければならないからです。だからエンジン回転数を増やしてたくさんの力をタイヤに伝えなくてはいけません。そのためにエンジン回転数を多く、タイヤの回転を少なくするようなギア比にする必要があります。重い荷物を台車で運ぶとき、最初に動かすときに大きな力が必要になるというコトと同じです。
そして車が走りだすと、今度はスピードが必要になってきます。すると今度は逆に、エンジンの回転数とタイヤの回転数がほぼ一致する状態(ミニ四駆の状態)が最も効率良くスピードを保つことができます。(そういうふうになるように自動車は設計される)
減速する場合はどうでしょうか?アクセルを緩めていけば、減速しますが、エンジンの回転数も下がっていき、そのままほっておくとエンストします。なのでエンジンの回転数を増やしていくためにギアを変えます。発進したばかりの状態に戻していくのです。
単に停止するだけであれば、エンジンからタイヤを切り離してしまえばOKです。でもこの状態はエンジンがタイヤを掴んでいない状態なので不安定になりがちです。車をコントロールしているのがブレーキだけになってしまい、ブレーキに負担がかかります。なので、ギアを元に戻していく事で、エンジンの力も減速に使うことで、車が安定します。これがエンジンブレーキと呼ばれるものです。加速していく時はエンジンがタイヤを回していますが、エンジンブレーキを使用する場合にはタイヤがエンジンを回している状態です。
このようにして減速した車は停止する寸前に、エンジンからタイヤを完全に切り離します。マニュアルミッション車の場合には、ここでクラッチを切らないとエンストします。オートマの場合はブレーキを踏み停車するだけで、自動的にエンジンからタイヤを切り離す仕組みになっています。

とまぁ。なるべく噛み砕いてエンジンとトランスミッションとタイヤの関係を説明してみました。

オートマ車でマニュアル車の運転練習するには?

オートマしか乗ったことがない方がマニュアル車を運転するにはどうしたらいいか?
これにはいくつかの課題があると思います。まず、すでに慣れてしまっているオートマの運転感覚にマニュアル車独自の操作を組み込んでいく必要があります。運転は初心者というわけではないでしょうから、自分なりに運転操作の最適化をしていると思います。それを見直すやり方を考えてみました。

シフトチェンジを意識しながら、運転をしていくと、オートマ車でもマニュアル車の感覚をつかめていくのです。実際にオートマ車でもギアチェンジは行われており、それに気づけば、クラッチとギアチェンジのタイミングをつかむことが割と自然にできるようになります。

ポイントはアクセルを緩めるタイミングです。
スムーズな運転のコツ、丁寧なアクセルワークはブレーキへの下準備 [テクニック]

踏むタイミングではありません。オートマ車で40キロまで加速し、その後一定速度で走ってみましょう。
アクセルを適当に踏んでいるはずです。そこのアクセルにメリハリをツケてみます。ブレーキを離し、グッとアクセルを踏んで40キロまで加速したら、アクセルから足をフッと離します。今度はじわっとアクセルを踏むことで、40キロのスピードを保ちます。この時点でギアが変わっています。車種によって違いますが、セカンドからサードではないでしょうか。

エンジン回転計であるタコメーターを見ながら走っていると、割とわかりやすいと思います。マニュアル車ではこのアクセルオフしたタイミングでクラッチを切り、ギアを変えて、クラッチをそっとつなぎます。
もしマニュアル車を借りる機会があるのならば、駐車場でクラッチを切る練習をするといいです。
動かしちゃって収拾がつかなくなるのが嫌なら、動かさなくてもできます。

マニュアル車のエンジンを掛けて、ギア入れずに、アクセルを一定までふかします。1000回転〜2000回転ぐらいまでで、好きな回転数を決めます。1400回転にあわせるんだとか、勝手に決めてください。エンジンが暖まっていないと、自動チョークで回転数があがってますので、しばらくアイドリングでほっておくか、マニュアル車の持ち主が運転し終わったあとにアイドリングが1000回転以下になってからやるといいでしょう。この回転を合わせる作業はマニュアル車の運転に必須の作業です。オートマでも同じことをしているのですが、意識をしていないだけです。

マニュアル車の場合、シートの位置がしっかり合っていないと運転できません。右足でアクセルとブレーキを操作するオートマ車ではそこまで要求されないのですが、マニュアル車はしっかりクラッチを踏んでないとそもそも操作ができないのです。崩れた姿勢で運転はできないのがマニュアル車だと思ってください。シートの位置はクラッチをめいいっぱい踏んで、左足が自由に操作できる位置で決めます。
スピードが落ちてきたらクラッチをめいいっぱい踏む。という操作を叩き込んでください。

クラッチをつなぐ練習は、広い駐車場かなんかで、エンジン回転数を一定にしたほうがわかりやすいです。右足を固定して、ギアをローに入れて、ゆっくりつなぐ。走り出したらすぐクラッチを切る。そして待たゆっくりつなぐ。必ずクラッチを切るという練習を飽きもせずやってください。すでにオートマで慣れている人は自分の運転感覚がスムーズになるまで、これを繰り返さないとギクシャクします。車を止める前にクラッチを踏んでからブレーキを踏むという癖をつけてください。

マニュアル車はクラッチを切ることで惰性で転がっていきます。惰性で転がること自体、オートマでもあるんですが、クリープで駆動力が伝わっている分、あまり転がりません。コントロールに必要なのはブレーキのみです。ココらへんの感覚も、オートマにはないものです。

なので、マニュアル車に乗りたい方は、オートマ車でもある程度の練習ができるということがお分かりいただけたでしょうか?私はオートマ車でもマニュアル車っぽく運転することで楽しんでいます。ブレーキワークにはクラッチの要素が含まれていると考えれば、中々に楽しいドライブになります。オートマのコンピュータープログラムもココらへんはよく心得ているようでして、そういう操作をすると運転者のいうことを聞くようになります。

オートマ車でもマニュアル車の練習をお試しあれ。お貸しできる車とコースがあれば面白いんですけれどねえ。
ここのコースなんかは広そうです。
有限会社多摩コース
貸コース2000円か。車持っていれば、一緒にいって練習できそうですね。私はボンゴのバンがほしいのですが、それでもいいかなぁ。お金できたらやりたいなぁ。それまで皆様、オートマ車で練習しててください(笑)

席を譲るタイミング

JR中央線にて久しぶりに通勤ラッシュの人となったわけなのであるが、介護福祉士という仕事柄、ついつい歩くのが大変だなぁと思う人が目についてしまう。そしてさり気なく、かつ自動的に見守りモードにはいっていることがある。通勤でいつも見かける人っていうのもいる。そういう方を見かけた時に席を譲ることがあるのだが、これって中々タイミングが難しい。やはり乗り込んだすぐに声をかけるのがベストのようである。妻にも聞いてみたことがあるのだけれど、一旦安定した場所を見つけると、移動中に動くのはかえって難しくなるとのこと。見ず知らずの方に介助を受けるわけにも行かず、断るのだそうだ。だからといって悪気があるわけではないので、声を掛けていただくこと自体は、とてもありがたいとのことである。
電車で席を譲る時に断られない方法です

まあ断られてもいいからとりあえず声を掛けてみるっていう文化が根付いていくといいなぁと思うのであった。障害の内容は様々であり、見かけだけではどんな助けを必要としているのかわからないことも多い。だから、そこにはコミュニケーションが必要になってくる。このコミュニケーションこそが最も苦手であり、欠落していたのではなかったか?それがそのまま「バリア」となって身体障害者の不便をもたらしたのではなかったか?私はそう思うのである。
命はそれ自体で価値がある。と私は思っている。子供だろうと大人だろうと障害者であろうと高齢者であろうと男であろうと女であろうと独身であろうと。よく言われることとして、高齢者や障害者は生産性がないから社会にとって足手まといである。という考え方だが、これは実は人材の浪費にほかならない。「足弱は斬り捨てて良し」というのは戦時の発想だ(足弱とは女子供のこと)戦争というごく限られた目的には必要ないから殺してしまっても良い。ということ。再生産を考えていない浪費であることはすぐにわかるだろう。
足弱とはこんな感じ。

経済的な合理性なんて、結局人々の考え方や行動で変わっていってしまう。
日本経済は今異常な状態だ。まともな事業が育たず、浪費ばかりしている。一人一人がいきる意味を見直す必要があるんじゃないか?一番気になっているのは、栄養不足からくる精神疾患である。人間の体が欲する栄養をとれない状態である。それが狂気の原因ではないか?

満州で田中角栄は何を思ったか?

Wikiで田中角栄をみていたら、満州の兵営で何を感じていたのか?どんな交流があったのかが気になっていた。
田中角栄wiki
騎兵24連隊ということだから、才気煥発というタイプだったのだろう。明晰な頭脳であることをかわれて重宝されたものと思われる。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/history_heiekigidai.htm
射撃は下手くそだったらしい。射撃馬鹿という言葉があるそうで、 射撃の名手は一見するとうすらぼんやりしている人間が多いそうだったらしい。角栄はそういうタイプではなかったのだろう。
角栄は肺の病気にかかり、内地に戻り療養している。ちょうどこのタイミングで大日本帝国は大規模な動員にはいる。なので太平洋戦争に従軍はしていない。昭和13年甲種合格の現役兵だというから、もし従軍していれば高い確率で戦死していただろうと思う。
病気で戦線に出れない悔しさと申し訳なさが角栄の気持ちにあっただろうから。最初から病気だったわけではなく、甲種合格の栄光をつかんでからの挫折だったのだから。
満州帰りの部隊が、そのまま角栄を支える組織となったのではないか?兵営における共通体験が、強いつながりを作ったのではないだろうか?
気になるのは旧満州国の革新官僚とのつながりだ。岸信介なんかはその象徴。直接関係なくとも共通のつながり位はあったかも知れない。
ニニ六事件で左遷された皇道派の山下奏文と第一師団の兵隊もいたので、満州はある意味で不穏分子の集いみたいなところもあります。ニニ六事件参加者の兵隊は満州に飛ばされて警官やってたみたいだし。
満州で角栄は、実験国家の雰囲気をたくさん吸ったんだろうとおもう。




遅乗り運転の楽しみ

送迎車のCVTを転がしております。運転の基本って遅いスピードを作れるかどうかなんだなぁと思いました。微速前進ができるかどうかで、かなりいろんなバリエーションを増やせると思います。
CVTとは?そのメリットとATとの違い│エンジン音や燃費は?
クリープをブレーキで殺してギリギリの遅いスピードで走っていく遅乗り競技は面白いと思う。かなりの精神力が必要だけど。
スピードが遅いとギリギリのパワーで進んでいく必要があり、ダイレクトに路面の影響を受けます。路面の傾斜と慣性とエンジンパワーをどう使いこなすかで、スムーズな運転かどうかが決まってくる。
車に何人乗ってるのかも重要なファクターである。それによってアクセルの踏み方が変わってくるから。乗客にGがからないように、加速度を調整せねばならない。加速はプラスG、減速はマイナスGとなる。プラスGは座席の背もたれで吸収されるのでさほど気にならないのだが、減速の時に生じるマイナスGはしばしば乗り物酔いの原因である。
マイナスGは、ブレーキの踏み加減で調節する。止まる寸前位でブレーキを緩めてやるのだ。緩めるというよりはブレーキが離れるという表現がしっくり来る。
ブレーキはグイグイ踏むもんではなく、スピードを落とすのに使う。どのくらいスピードを落としたいかを決めて、目標のスピードになったらそれ以上に踏まない。慣性がなくなる頃合いをみはからって、チョンと踏む。車がどれぐらい転がるのかをいつも把握しておくことが大事。CVTでは右足のコントロールが全てである 。アクセルは踏み込んだら離すタイミングが大事。しっかり段をつけて、踏み込む量を調節する。目標の速度になったら、一旦アクセルオフしてじわじわ踏む。アクセルを一定にする練習はしておいた方がいい。
車は加速していくと慣性がついてくるので、それを利用して走っていく。コーナーは加速しつつまわるのが一番安定するので、コーナーに入る前はしっかり減速しておく。
運転を覚えるときは広い場所でやるべきだ。日本の自動車教習所は狭すぎると思う。百キロまで加速してフルブレーキングするだけの広さが初心者ほど必要だと思う。
運転を覚えるのだったら、派手にぶっ飛ばして止まるのは必要なんです。

マザーテレサとその世界 千葉茂樹 編 女子パウロ会

読書ブログっぽくしてみる。
マザーテレサってどんな人だか知りたくて買って見た覚えがある。
映像ドキュメンタリーを撮影するという観点からマザーテレサの実像に迫ったものだ。
「この世の最大の不幸は貧しさや病ではない。むしろ、そのことによって見捨てられ、誰からも自分が必要とされていないと感じることである」
この言葉に言い尽くされているように思った。
マザーテレサはとてもユーモアのセンス溢れるおっかさんという印象を持った。探し物を聖アントニオに祈ってくれたり、遅刻してもユーモアで切り返したり、みんなにマザーテレサ探しをされたりと、面白い話がある。
マザーテレサがその身を投じたカルカッタの大地はとても過酷なものであったが、そこに一滴の潤いを与えて、それが大河となったのではないか?この本の初出は1978年であるから、ここに出てくる赤ちゃんは私と同年代ということになる。今でも生きてるのかなぁ?などとおもったりもした。
ドキュメンタリーとして良くできており、幾人かの人の共著であるので、さまざまな視点同じ事をおうという手法も興味深い。映像手法でいうところのザッピング。黒澤明の映画でそういうのありましたね。それが見事に一つのマザーテレサ像に統合されている。
マザーテレサとその世界 千葉茂樹 編 女子パウロ会

教会やキリスト教系大学近くの古本屋あたりにありそうな本なので一読をオススメできる本です。
命が尽きようとする人たちにどう向き合うのか?という問いに一つのヒントを与えてくれる本です。
マザーテレサは、インド社会の変革を目指してカルカッタに入った訳ではない。あくまでも貧しい人、困っている人たちに寄り添う為にカルカッタに来たのだ。結果としてインドの社会に大きな影響を与えたが、それはマザーテレサの行動を見て、世界の人たちが動かされた結果であろうと思う。

朝は祈りの時間らしい。祈るという行為自体に、人間の中核を強くする効果は確かにあると思う。困難な状態が続くけれども、なんとか乗り切って行きたいと思う。「貧しいことは幸い」とまでは言えないけれども、視点を変えて見ることは大切だし、より追い詰めていてもしょうがないところがある。嫌なことばかりで飽きてたんだと思うな。少しでも前進してみようと思うのだ。やり方は人それぞれ。PV稼ぎのテクニックから考えるのはやめましょうか。それが嫌なんだと思う。ナゼかというと表現というものの自分なりの意味があるから。